存在理由を求めない

重なり

 

 

 

 

 

 

 

 

本日も読みに来てくださり、ありがとうございます。

前回は、『自己解釈を見直す』というお話でした。
今回は、『存在理由を求めない』というお話です。

植物は、『タネ』がこぼれ落ち発動条件が揃って成長を
始めた所が、『一生』を送る場所になります。

自らが選択した訳ではありません。

偶然か、たまたまか、必然かはわかりませんが、その場所で
成長して一生を送ります。

どんな場所でも環境でも状況でも、する事は明確です。

花を付け、実を付けたり、タネを創り、繁殖する事です。

成長具合にしても、花つきにしても実つきにしても、
自らが自らの判断と選択と決断によって成長してきた
結果です。

周りにどう評価されようが、周りと比較する必要もなければ
負い目を感じたり、虚しさや恐れを感じる必要もありません。

自身がその『場』で出来るモノコトを精一杯にして来た
『証』です。

それこそがナニモノにも変え難い『存在理由』です。

『存在理由』は、『他』から与えられモノでもコトでも、
ありません。

『今ここ』に『存在』している。

それだけです。

『今』に生きているという事は、どうであれ『今まで』を
生きてきたという事です。

どうであれ生き抜いて来たからこそ『今』に存在して
います。

そして『今から』も生きて行こうとする事が『理由』に
なります。

だからと言って、スゴイ『理由』とか大層な『理由』を
掲げる必要もありません。

生きて居られるのは、『今』この瞬間だけです。

『今』を精一杯に『自分』として大切に生きる事。

それを意識して生きられたら、幸せです。

『存在理由を求めない』

求める時点で、周りが必要になります。

周りが無いと『存在』出来ない状態では、幸せは
分からなくなります。

周りに求めたり望んでいると、周りに試したり、
強制したり、支配しようとしてしまいます。

評価や意識を向けて欲しくて、媚びたり煽てたり、
責めたり妬んだりします。

『存在理由を求めない』

意識して観て下さいね。

自分を一番大切に出来るのは『自分自身』です。

よろしくお願いします!

有難うございますm(__)m

 

 

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