コミュニケーションと『間』の違い

ひまわり畑

 

 

 

 

 

 

本日も読みに来てくださり、ありがとうございます!

前回は、『根本を見直す』というお話でした。
今回は、『コミュニケーションと『間』の違い』というお話です。

大自然に生きる動植物達は、『群生』したり『群れ』を創って
生きている『種』もたくさん居ます。

画像はヒマワリ畑の画像です。

辺り一面、ヒマワリで埋め尽くされています。

よく観察すると、密集しているのですが、ちゃんとそれぞれが
認識できます。

大自然にある『森』や、植栽してある程度の期間が経っている
場合でも、混み合っているように見えて、実はそれぞれが
それぞれでちゃんと存在いしています。

低木、中木、高木、草木、無機質なモノまで含めた『調和』が
出来ています。

これらは、お互いで『コミュニケーション』を取り合った訳では
ありません。

それぞれがそれぞれを認識し、それぞれがそれぞれで
『間』を持って成長したからです。

街路樹を良く観察すると観えてくるのですが、電線や電柱を
上手く避けながら包み込むように枝葉が在ります。

ギリギリでかわしているのではなく、前もって枝の伸び方を
調整しています。

電線周りは、一定の『間』が保たれています。

ただし、強風にあったり雨にあたって重さによって、
電線に引っ掛かったりしてしまっている事もあります。

無機質なモノは、固定されている場合が多いので、
一方が『間』を持っていても、周りからの影響で
そうなる場合もあります。

木々の『間』では、お互いが『同期』出来るので、
風が吹けば風が吹いたように、雨が降れば雨が降った様に
『そのまま』を保つことが出来ます。

『コミュニケーション』は、お互いが『干渉し合う』事で
成立します。

お互いで『調整』しながら、『ちょうどいい』を探ります。

近づいたり離れたり、聞いたり聞かなかったり、
見たり見なかったりという様なアクションを踏まえて
成立します。

『コミュニケーションと『間』の違い』

それは、『間』は自身が自身の判断と選択と決定に
よってしている事であり、『他』との干渉が無いというコト
です。

『相手在りき』『対象』が無くても出来るし、いつでも
『間』を感じる事は可能です。

『間』を持つのに、『言葉』は要りません。
『間』を持つのに、『技術』は要りません。
『間』を持つのに、『他』は要りません。

何よりも大切なのは、自分自身と『間』を持っている
事です。

お互いを『尊重』し『敬愛』していれば、意識せずとも
出来るのが『間』です。

よろしくお願いします!

有難うございますm(__)m

 

 

 スポンサードリンク

関連記事

 

コメントを残す

サブコンテンツ

最近のコメント

▲ このページの先頭へ