共感は得ようとするモノではなく得られるコト

お気楽

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本日も読みに来てくださり、ありがとうございます!

前回は、『自分と向き合う時間を創る』というお話でした。
今回は、『共感は得ようとするモノではなく得られるコト』というお話です。

自然に咲き誇る花々は、「キレイ~!」「カワイイ!」「ステキ!」
などの『評価』や『賞賛』が欲しくて咲いている訳ではありません。

植物たちは、あくまでも『受粉力』が上がる様にと咲いている
だけです。

植物にとっての『花』は、如何に効率よくしっかりと受粉が
出来るかがポイントです。

その花の色合いやカタチ、大きさや咲き具合、咲くタイミングで
『受粉率』はまるっきり違ってしまいます。

植物にとっては、『種の保存』の危機になります。

『種』を存続させるには、『受粉』して『タネ』になる必要が在ります。

なので、花粉を集める虫たち近くを通る動物の好むような匂いを
放つことで、『受粉率』を上げています。

だからといって、周りに対して『媚びた』訳ではなく、自身の変化に
よって、今の花のカタチや色、大きさや時期になりました。

自身の『臨機応変』さと『応用力』を持って、模索し試して観る事で
最良のモノに仕上げています。

今のカタチが、最終形態な訳ではなく、今も『進化』を続けています。

その『生き様』が、花の色やカタチ、大きさや咲き方に現れているので、
『キレイ』や『ステキ』、『カワイイ』という想いが溢れるのかもしれません。

本人がそう言われる事を望んでいなくても、周りが感じるモノコトが
自身に向けられて発せられた時に『共感』や『共有』という感覚に
なります。

『共感は得ようとするモノではなく得られるコト』

自らが『共感』を欲して得ようとしても得られるモノでは
ありません。

『共感』を欲するあまりに、ヒトは『弱者』や『被害者』に
なりたがります。

自分がどれだけ大変で、どれだけ可哀想かをアピール
したりします。

または、とても献身的になったり、貢献や奉仕に力を
注いだりします。

たくさんからの『共感』を得たいと思えば、たくさんに向かって
アピールもします。

たくさんに出来ない事情があれば、少数の分かって貰えそうな
ヒトにピンポイントでアクションします。

どうであれ、自身が欲する『共感』を得られるまで様々な方法で
アピールし続けたりもします。

『共感は得ようとするモノではなく得られるコト』

自身が自身の選択と判断と決定によって自己責任でアクションを
している時、そのアクションに興味を示してくれたり、一緒にしたり、
思いや想いを伝えてくれたりする事が本当の『共感』です。

周りから、勝手に得られるコトなのです。

あなたは、『共感』を欲してはいませんか?

よろしくお願いします!

有難うございますm(__)m

 

 

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