唯一無二の存在

リンゴ2

 

 

 

 

 

 

 

 

本日も読みに来てくださり、ありがとうございます。

前回は、『今この時を十分に味わう』というお話でした。
今回は、『唯一無二の存在』というお話です。

野菜や果物、切り花などは、出荷される時には、
サイズや糖度、色合いなどランク付けがされて、
規格の中で出荷されます。

では、規格やサイズなどの審査に通ったモノは、
全てが寸分違わぬ『同一』のモノかといえば、
全ては、『別物』であって、決して『同一』では
無い事に気づかれると思います。

『リンゴ』と括られても、『赤』でもいいし『緑』でも
かまいません。

『赤いリンゴ』と括られたとしても、『濃く』てもいいし、
『淡く』てもかまいません。
この条件だけであれば、
『大きさ』も様々でいいのです。

『規格』はあくまでもその時代の基準に準じて
作られています。

その時に需要があるであろう『規格』を用意して
それに合わせるように指導されます。

当然、生産者も『ニーズ』が有るモノを選択します。

そして、『規格』に合わないモノが出来た時、
『ニーズ』が無いと考え処分する生産者もいらっしゃいます。

しかし、その生産者が手塩をかけて育てたモノなのは、
『規格』であろうと『規格外』であろうと同じです。

そして、厳密に言えばすべてが個々が
『唯一無二の存在』としてそこに在ります。

全ては違うモノであり、『同一』には成り得ません。

『同一』で無いのであれば、『比較』も『評価』も
本来であれば、つける事が出来ません。

なので、『規格』にはある程度の『ふり幅』を
持たせてあります。

『何々から何々以内、または以上』

その範囲に収まっていれば、大丈夫になっています。

これがヒトであれば、そのヒトをどこからの『目線』で
見るかによって、『規格』の概念が変わります。

『自分自身』が『自分自身』を観るのであれば、
『規格』という事自体が無くなります。

なぜなら、決めるのもやめるのも変えるのも、
『自分次第』だからです。

何かしらの目標を持っての『目線』や『視点』、
『視野』を入れての『条件』であれば、
自分自身のための『規格』は成立します。

なぜなら、私たちも、
『唯一無二の存在』だからです。

違うモノとは、比べる事も出来ないし、
違うモノから、評価や採点をされるはずもありません。

すべては、『自身』での『選択』であり、『決断』です。

今一度、自分自身が『自分』しか居ないという事を
意識して観て下さい。

よろしくお願いします!
有難うございますm(__)m 

 

 

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