属する事をやめる

野菜のカタチ

 

 

 

 

 

 

本日も読みに来てくださり、ありがとうございます。

前回は、『執着と関心』というお話でした。
今回は、『属する事をやめる』というお話です。

画像の中には色々な野菜が写っています。
イチゴ、パプリカ、オレンジ、ブロッコリーなどなど。。。
どれもとても美味しそうですね^^

植物自体は、何かに属しているという意識はありません。
ヒトが、『識別』するための品種名が有るだけです。
「~~科~~属~~~」という具合です。

自分は、イチゴだからイチゴに属さなければ。。。
自分は、オレンジだからオレンジらしくいなければ。。。
自分は、ブロッコリーだからブロッコリーにならなければ。。。

という様な事は、いっさい考えていません。

植物自体は、自身の中に在る『情報』と『ツール』を使って
その環境下や状況下で、最適な成長をして『花』をつけ、
『実』や『タネ』をつける事に専念しています。

環境が変われば、どうにかなるかも!とか、
状況が違えば、自身に変化がある!とか、
どこどこへ行けば、どうにかなる!とか、
微塵も思いません。

『属する』というのは、何かしらに所属するという事です。
『所属』するという事は、そこに自身を委ねるという事になります。
『委ねる』という事は、『自分』を『他』に任せてしまう事になります。

『属する』事にすべての意識がいっている状態は、『依存』になります。
その様な意識状態では、どんな環境や状況になったとしても、
『自分らしさ』をつかむ事は出来ません。

規則正しい環境に身を委ねても、規律ある生活状況になったとしても、
『自分』に『自分』が『責任』を持ち、『自分』で『選択』し『決断』する意志を
持っていないと、『偽りの自分』にしか成れません。

『自分らしさ』は、『属する』事で得られる事ではなく、
どんな環境や状況であったとしても、自らを信じ、自らに聴き、
どうであれ、『自己責任』と『自己判断』と『自己決断』によって、
形成されます。

『属する』事自体がいけない事ではありません。
『属する』事で得られるとか、変われるとか、変えてもらえるとか、
手に入るという様な意識になるコトが『ズレ』を生じさせます。

自らの意志で、『属してみる』事はとても有意義だし貴重です。
新しい情報や知識、知恵が得られます。
その時、『属してみる』のは、自身ではまず選択しない『場』や
『環境』をチョイスすると、より刺激的だし価値があります。

自らが知っている、安心できる、わかっている様な『場』や『環境』を
選んでも、パターンが強調されて、『慢性化』と『簡略化』が強化されるだけです。

『属する事をやめる』意識を持つことで、『自分らしさ』を意識できます。

『自分を自らプロデュースする!』

よろしくお願いします!
有難うございますm(__)m

 

 

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