決め込んでいる事に気づく

野菜のカタチ 自分らしく

野菜のカタチ

 

 

 

 

 

 

 

本日も読みに来てくださり、ありがとうございます!

前回は、『『わ』で出来ている』というお話でした。
今回は、『決め込んでいる事に気づく』というお話です。

トマトは、トマトになるコトを決めています。
ピーマンは、ピーマンになるコトを決めています。
イチゴは、イチゴになるコトを決めています。

それぞれがそれぞれに成長し花をつけ実やタネを
つける事を決めています。

決めているので、違ったものにはなりません。

『トマト』のタネを蒔いたのに、『かぼちゃ』が出来たら、
驚きです。
見た目は、『メロン』なのに『スイカ』の味がすると、
ビックリします。

ピーマンが成長途中に、となりのキュウリが羨ましくて、
キュウリに変更しては可笑しなことになりますよね。

カーネーションはカーネーションだし、
バラはバラです。

決して、他の種類に成ろうとは思いません。

自分は何なのかを、決め込んでいるので、
ブレません。

これは、ヒトにも当てはまります。

『ヒト』としてという考えを決め込んでいると、
自分が思う『ヒト』に成ろうとします。

『ふつう』というコトを決め込んでいるヒトは、
自身が考える『ふつう』で居ようとします。

自分を『出来損ない』だと決め込んでいるヒトは、
どうであれ『出来損ない』で在るコトを証明しようとします。

自身を『キライ』と決め込んでいるヒトは、
『キライ』で居るように心掛けます。

ヒトは、どうであれ色々なコトやモノを、自身の感覚や思考、
概念や思い込みなどで、『決め込んで』います。

様々な事に対応しなければいけないので、整理しやすく、
処理が簡略化出来るように、『決めてある』方がいいのです。

ただし、これらはあくまでも、自分自身が作りし『基準』であって、
すべてのものに当てはまるものではない事に気づかないと
いけません。

『一般的』『ふつう』『当たり前』『常識』は、ありません。
自分自身が決め込んでいるだけだったりします。

『社会』を造るには、それらをある程度まで、
まとめ上げないといけなかったので『ルール』が出来ました。

『社会適合者』で在る為に、『ルール』を守るように
『教育』されてきました。

そして家庭でも、『社会』というモノ・コトを基準に、
家庭内に『ルール』が造られました。

そして、ヒトはそれらを基準に自身を形成しています。

無意識レベルで、決め込んでいる時、
本人が望んでいなくても、『そのまま』を維持しようとします。

ヒトは、どうであれ『今まで通り』の『そのまま』の自分を
維持しようとします。

自分を『キライ』なヒトは、『キライ』で居るように。
『周りに受け入れられない』と思っているヒトは、
『受け入れられない』ように。
『愛されない』と感じているヒトは、『愛されない』ように。

どんなに、言葉や意識で変わりたいと望んでいても、
何かしらのコトやモノによって『決め込んでいる』事は、
しっかりと自覚を持って意識していないと変わりません。

『変えた』事によって、得られる事よりも失うモノやコト、
傷つくコトやモノ、ツライ、苦しい、カナシイコト、モノに
恐れていては、変わることは出来ません。

それらを体感しなければいけないのであれば、
『今まで通り』や『そのまま』でいる事を選択するという事を
決め込んでいるのです。

自身が『決め込んでいる』コト・モノに気づいてくださいね。

よろしくお願いします!
有難うございますm(__)m

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