目の前にとらわれない

たんぽぽ 自分らしく

たんぽぽ

本日も読みに来てくださり、ありがうございます!

前回は、リアルにするというお話でした。

今回は、目の前にとらわれないというお話です。

植物は、周りを気にしません。

もちろん、共存・共栄だしサポートもしています。

以前にも書いたと思いますが、『他』と競争する事も争う事も

抗う事もしません。

ただただ、『今』を生きています。

自身が成長する事だけをシンプルにしています。

ここで、ヒトは勘違いをする事があります。

それは、『今』という意味をはき違えてしまう事があるのです。

『今』と『目の前』は、似て非なるモノで、『今』は『今』で、

『目の前』は『目の前』です。

ものすごく、言葉にすると当たり前すぎてむしろ小馬鹿にしているように

感じるかもしれません。

でも、こういう風に書くしかないのです。

『今』というのは『瞬間』で、意識をしていたとしてもこの瞬間に、

どんどんと進んで行ってしまう状態です。

その『瞬間』を感じ想い大切にしながら生きる事が『今』に生きる事に

なります。

では、『目の前』はどうかというと、ほとんどの場合『過去』に

とらわれている事が多いです。

過去も未来も現在も、全てが混在している状態。

こう書くと、もっと分からなくなるかもしれません。

例えるなら、昨日の食べた味が残ったまんまで今日のご飯を食べている時に

明日のご飯をアリアリと想像して食べている感じ???

もう、どの味がそこので、何をいったい『今』食べているのか分からなくなっている

状態です。

回転寿司にいると想像してください。

回転が反対側からスタートするとして、中から美味しそうなマグロが出て来たのを

真っ先に見つけました。

しかし、レーンが回ってくるのは、一番最後。。。

ずぅぅ~~っと、そのお目当てのマグロを誰にも取られない様にと祈りながら、

目で追っています。

その間、他のお寿司には目もくれません。。。

あと、3人だっ!

そう思った瞬間、そのヒトがマグロを取ってしまいました。

さらには、それが味も分からないかもしれない子供でした。

お目当ての、そして取られない様にと祈り追跡していたマグロをそんな子供に

取られてしまいました。

もうショックでショックでたまりません。

あまりのショックに怒りやら情けなさやら、いろいろな感情が溢れてきて

食欲も無くなりました。。。

結局、何も食べずに回転寿司から出てしまいました。

しばらくして落ち着いてきたら、お腹が鳴りました。

とうぜん、何も食べていないのですからお腹も空いています。

が、しかし。。。

その空いているお腹に気づいた時、再びマグロを思い出し子供への怒り

さらにはお店への怒りにまで発展させてしまいました。

食べれなかったマグロは、さぞ美味しかったに違いないっ!

自分が食していたなら、とても価値のあるお寿司になったのにっ!

そもそも、一番遅く回ってくる場所に案内した店員が悪いんだ!

そんな、店員を雇っている店も店だっ!

自分だったら、そんな店には絶対しないのに・・・

怒りの連鎖は止まりません。。。

さらには、前の車が遅かったり信号で捕まる度に、さらに怒りの対象は

どんどんと広がっていきます。

ものすごく極端に書いているので、自分には当てはまらないと思うかもしれません。

もしかしたら、ドキッとしている方もおられるかもしれません。

は、少なからずこんな感情を抱きやすかったりします。

そういう時に、『今』に生きていたなら軌道修正は簡単です。

『目の前』に捕らわれると、周りが観えなくなるなります。

自身で、制限を掛け視野も狭くなり思考も固まります。

自分自身を囚われの身にしてしまいます。

例え話で言えば、『今』に生きている人は、美味しそうなマグロを

発見した時点で、注文し『今』目の前を通っていくお寿司に目を向け

そこから、選んで美味しく食していると思います。

『切り替える』

この意識を持っているだけで、あらゆる事は改善される事があります。

『目の前』ではなく『今』を意識しましょう。

よろしくお願いしますね!

有難うございますm(__)m

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