自分で在る事に理由は要らない

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本日も読みに来てくださり、ありがとうございます。

前回は、『100%を欲しない』というお話でした。
今回は、『自分で在る事に理由は要らない』というお話です。

ヒトは生まれた時から、色々な『識別』をされます。

『男の子・女の子』『名前』『住所』『どっち似』などなど、
色々な判別や識別をされます。

年齢を重ねるごとに、それらはどんどんと増えていきます。

「どこの子」「どこの学校」「どのクラス」「血液型は?」
「成績は?」「将来は?」などなど、どんどん増えていきます。

年齢を追うたびに、それらの『制約』が『制限』として
働き始めてしまう場合もあります。

そんな環境や状況の中に居ると、
『自分』が何者かでないといけない様な気になります。

『なんにも無い!』事が、一番の『罪』な様な気分に
なってしまう場合もあります。

根本的に比べようがないのに、『他者』と比較してみたり、
『他者』からの評価を気にしてみたり。。。

必死になって『何者』かになろうとします。

周りにも『他者』にも、分かり易く表示出来るモノコトを
取得する事で『何者』かになろうとするヒトも居ます。

また、『他者』よりも優れているモノコトをアピールする
事で『何者』かになろうとするヒトも居ます。

他にも、何かしら『他』が出来なことをする事や
目立つ事で、『何者』かを表現しようとするヒトも居ます。

いい成績やいい学校、いい会社に入る事が良しと
される社会性によって、『他者比較』が『当たり前』に
なっています。

自分よりも優れている者達を見る事が嫌なヒトは、
自分よりも劣っている者達を見つけます。

意図的であれ無意識であれ、

『あの人よりも~~~なんだから』という言葉を
発しています。

『自分で在る事に理由は要らない』

『自分』を語る時、『自分』を思う時、
『自分』を感じる時、『自分』と向き合う時、
どんな時でも場合でも、『他』を持ち出す必要は
ありません。

『自分で在る事に理由は要らない』

環境や状況、状態がどうであれ、
『自分』は産まれてから死ぬまで、
ずっと『自分』です。

よろしくお願いします!

有難うございますm(__)m

 

 

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