『そんとく』に生きる

波紋

 

 

 

 

 

 

 

本日も読みに来てくださり、ありがとうございます。

前回は、『持っているモノコトに気づく』というお話でした。
今回は、『『そんとく』に生きる』というお話です。

ヒトは、生きていく上で自分と他者や、自分と何かしらの
モノコトという関係性の中で生きています。

当然、そこには何らかの『関係性』がつくられるし、
求め望みます。

無意識であれ、意図的であれ、何らかの『カタチ』に
収まります。

いわゆる一般的な社会や場所では、お互いの力関係が
大きく影響しています。

力の有るモノ、力を証明できるコトが、最も優先されて
います。

何かしらの名声があるとか。。。
誰もが知っている何かを持っているとか。。。
絶対的な資格やステイタスを持っているとか。。。

何かしらの『物質的』なモノコトを所持できている事が、
『関係性』に大きく現れます。

そんなモノコトに囚われているヒト同士の間では、
最優先にされるのが『損得』です。

自身にとって、『メリット』が有るヒトやモノコトなのか?
自身にとって、『デメリット』になるヒトやモノコトなのか?を、
判断基準にしています。

明らかに『損』だと感じるヒトやモノコトには、
一切近づこうとはしません。

そればかりか、その対象に対して『否定的』になったり
自身の『正当性』の為の『対象物』にするヒトもいます。

一方、『得』になるヒトやモノコトであれば、『大絶賛』し、
その『対象』に対して媚びまくります。

諸手を上げて、『高評価』をして周り中に発しまくります。

自身で造った『神輿』に祭り上げて高々と持ち上げる事に
全力を使います。

気持ちよくさせるだけさせて、『利用価値』が無くなった
途端に、吐き捨てます。

そしてまた、新たな『標的』を見つけては同じことを
繰り返し続けます。

そんな生き方のヒトの特徴の一つとして、自分が
周りにとってどれだけの『価値』が有るかという事を
表現し発信します。

自分の『評価』が上がるであろうパフォーマンスや
発言、行動に力を注ぎます。

そして、周りにとって『メリット』が有る自分だと証明
出来る様な事にも意識がいきます。

自分が発したモノコトに対しての、『いいね!』や
『コメント』の数だったり。。。

自身の事が書かれている投稿や記事だったり。。。

そんな事ばかりが気になります。

なので逆に言えば、『悪評価』をされる事や、
自身にとって『デメリット』になるであろう事には、
近づかないし、触れようともしません。

見る気も、読む気も、感じる事も、考える事もせず、
完全に『無視』します。

過去に『関係性』が在った場合は、その『記憶』を
抹消します。

そんな生き方を続けていては、いつまでたっても
生きづらいし苦しさや不安から抜け出せません。

だからこそ、

『『そんとく』に生きる』

事が大切です。

自身にも相手にもモノコトに対しても、『損得』では
なく、『尊徳』な生き方をするという事です。

自身にも相手にもモノコトに対しても、まずは『尊ぶ』
気持ちが大切です。

全てが『尊い』事だと知る事。

全ては『一瞬』でしかなく、『儚い』事だと感じる事です。

そう思えば、何事も大切だし、起こるべきして起きている
という事に気づけます。

それが『徳』知る事になるし積む事にもなります。

意識して観てくださいね。

よろしくお願いします。

有難うございますm(__)m

 

 

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