一過性に溺れない

雪の木

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本日も読みに来てくださり、ありがとうございます。

前回は、『存在理由を求めない』というお話でした。
今回は、『一過性に溺れない』というお話です。

大自然に生きている動植物は、基本的には、
『独り』です。

動物によっては、生まれ落ちた時から『独り』に
なるモノも居ます。

植物も、タネとしてこぼれ落ちた瞬間から『独り』
です。

何かをするにも、ナニカを求めるにしても、自分で
判断し選択し決断しないといけません。

それら全てに『責任』も付いてきます。

何かしらを決断して、上手くいかなかったとしても、
それは自分の『責任』であり、周りやモノコトには、
非がありません。

全ては、自身の『責任』で出来ています。

だからといって、自身を必要以上に責める必要も
凹ませる必要もありません。

そんなトコロにエネルギーと時間を使っている間は
自然界にはありません。

いつでも、その時に出来るであろう事を判断して
選択し決断しながら、『進化』する事が最優先です。

自身にとって『成長の糧』になるのであれば、
色々なモノコトや様々な体験をする事は大切に
なります。

それら色々なモノコトや、様々な体験が自身を
変えてくれると思うのであれば、それは『一過性』に
しかなりません。

その時、その『場』、その状況、その関係性が有る
間だけの『思い込み』にしかなりません。

周りとの一体感や、統一感、連帯感や達成感、
共有感や存在感を感じられる事で自らが変化したと
思い込めます。

それらの事に、『自己責任』を持って臨んでいれば、
それが『キッカケ』になり変わる事が可能になります。

しかし、それに頼り盲目的に信じて求めていれば、
それは『依存化』して溺れる事になります。

その時、その『場』、その『仲間』、その状況の中で
のみ、変われている自分で居られます。

それでは、『一過性』にしかならず根本的な変化には
程遠くなってしまいます。

『一過性に溺れない』

意識して観て下さいね!

どれだけ外から熱く熱したヤカンのお湯でも、そこから
降ろしてしまえば冷めていきます。

熱し方を知らなければ、以前よりも『冷え』に過敏になり
怖れて凍えきってしまいます。

根本的に変わりたいのであれば、ヤカンの中の水で
居るのではなく、自らが火をつけ熱する事が出来る様に
なる事が大切です。

あなたは、誰ですか?

あなたは、どう在りたいですか?

よろしくお願いします!

有難うございますm(__)m

 

 

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