手放すという事を間違わない

成長過程

 

 

 

 

 

 

 

本日も読みに来てくださり、ありがとうございます。

前回は、『矛盾に気づく』というお話でした。
今回は、『手放すという事を間違わない』というお話です。

心のお話や本、セミナーなどの中で、よく出てくるワードとして、
『手放す』という事があります。

スピリチュアル系のヒトや、本にも頻繁に登場していますね。

ほとんどのヒトが持っている『手放す』のイメージは、
「持っているモノやコトを手から放す」という感じかと思います。

そうする事で、『執着』や『堰き止めていたコトやモノ』が外れて、
それに対するあらゆる事が『消えて』『浄化』されて、
流れが始まるという感じや、軽くなるとか穏やかになれると、
考えてらっしゃると思います。

しかし、ほとんどの場合、『手放す』をしようと思っても、
より強固になったり、より強烈に感じる様になってしまうヒトも
居られたのではないでしょうか?

なぜ、そんな事になるのかには理由が在ります。

自然界に生きる動植物達は、自然の環境や状況、
天気や気温などに準じて生きています。

『今から』起きる事は、誰も分からないし知りません。

『今まで』ならば、どんな環境で状況だったのかを
知っています。

そこで取った行動や判断、思考や感情も知っています。
さらには、それによって得た『結果』も知っています。

それらの『結果』によって、『今』の状態だという事も
認識しています。

それでも、『今から』の環境や状況等が、どうなっていくのかは
誰にもわかりません。

と思っていたとしても、時は自然に流れています。

『今』だったところは『今まで』になり、
『今から』だっとところは『今』になっています。

ものすごく『当たり前』で、ものすごく『自然』な状態です。

すごく『シンプル』で、すごく『簡単』な状態です。

自然界に生きる動植物達は、それを『体感的』に
知っているので、『今まで』を『今から』に持ち越す事は
ありません。

『今まで』は『今まで』としての『情報』に処理され、
『今から』に活用しています。

『今まで』のあらゆる行動や思考、感情や想い、
『原因』や『結果』など、すべてが次に活かす為の『情報』です。

どれ一つとして、『無駄』なモノやコトはなく、
どれ一つとして、『失敗』なコトやモノではなく、
どれ一つとして、『恥ずかしいだけ』のコトやモノではなく、
どれ一つとして、『辛く苦しいだけ』のコトやモノではなく、
どれ一つとして、『悔やみ続ける』コトやモノではありません。

それらによって、得た『智恵』や『気づき』、感じた『思い』や『想い』、
自分では思いもよらなかった『出来事』や『行動』、『思考』、『選択』、
様々な『知識』や『情報』を手に入れる事が出来ています。

『今まで』は、『情報』の『宝庫』です。

最初に述べたような『手放す』のイメージでは、
『消滅』させてしまったり、『浄化』させてしまうというイメージでした。

それでは、『経験値』という『情報』や『データ』が無くなってしまいます。

本来の『手放す』は、『今まで』のコトやモノは『今まで』のコトやモノとして
『情報』として処理するという行為です。

『手を放していない』状態は、『今まで』を『今』にも『今から』にも
持ち越すという事です。

『手放すという事を間違わない』

意識して観て下さいね。

あなたは、持ち越していませんか?

よろしくお願いします!

有難うございますm(__)m

 

 

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