心配をする

重なり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本日も読みに来てくださり、ありがとうございます。

前回は、『その都度、決める』というお話でした。
今回は、『心配をする』というお話です。

植物のタネを蒔いて、なんの変化も見られない時は、
本当に成長しているのかと、『心配』になると思います。

しばらくして『発芽』すると、ほっ!としたのも束の間で、
本当に上手に育てられるかと『心配』する人もいるかもしれません。

そんな気持ちを知ってか知らずか、植物は与えられた環境の中で
自身で対応しながら成長をします。

が、そんな植物の状態を知るすべも無いヒトは、
『心配』から、過剰な反応や過剰なお世話をしてしまう場合が
あります。

毎日の様に、たっぷりの水を与えたり。。。
これでもか!という位のたっぷりの肥料を与えたり。。。
ちゃんと成長しているかと、掘り返したり。。。

本人としては、その植物の事が心から『心配』でたまらなくて
その様な行動や思考になります。

植物にしてみれば、とても『有難迷惑』だったり、
『過剰依存』だったりするので、成長バランスが乱れて、
育たなくなったりします。。。

が、しかし。。。

そんな状態の植物を見て、『心配』に囚われているヒトは、
さらに追い打ちをかけてしまいます。。。

もっと、水をあげたり、太陽光線に当てまくったり。。。
肥料の濃度を上げてみたり、強引な植え替えをしてみたり。。。

その結果、植物は完全に弱体して枯れてしまいます。

「いやいや、今日のブログのタイトルは『心配をする』って」

そう思っているヒトも居るかと思います。

本来の『心配』は、『不安』や『恐れ』に対して過剰に反応する
事ではありません。

『過剰防衛』のために、思う事でも考える事でもありません。

本来の『心配』は、『理』を持った『利』を想う事です。

『理』を持った『心配』は、自身の持つ『ことわり』を大切にし、
『他』の持つ『ことわり』も大切にして『心配り』をする事です。

『理(ことわり)』を持った『利』を想う事で、
『気遣い』や『思いやり』、『慈しみ』や『愛』が生まれます。

『理(ことわり)』の無い『利』は、『損得』や『勝ち負け』、
『比較』や『評価』が、最優先にされるので『競争』しか
生み出しません。

そんな状態では、『心配り』をする余裕も無くなり、
『恐怖』と『不安』から、『心配』の日々しか訪れません。

『理』在る『利』を持って、『心配をする』

意識してみてくださいね。

よろしくお願いします。

有難うございますm(__)m

 

 

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