特別な事にしない

ひまわり

 

 

 

 

 

 

 

 

本日も読みに来てくださり、ありがとうございます。

前回は、『当たり前と言える環境』というお話でした。
今回は、『特別な事にしない』というお話です。

植物は、『タネ』を蒔けば基本的には成長を始めます。

『根』を伸ばし、『芽』を出して、成長し大きくなり、
花をつけ、実がなったり、種を創ります。

それが、自然な流れであり、どこにも難しい所は
ありません。

自然界であれば、『タネ』はこぼれ落ちるか、
弾け飛んで地面に落ちるか、風に飛ばされたり、動物に食べられたり、
もがれたりする事で、遠くに運ばれ地面に落ちるだけです。

ほとんどの場合、地面に落ちるだけであり、
誰も覆土もしてくれないし、土を耕してもくれません。

それでも、自然界には緑が溢れているし花が咲き誇っています。

肥料を与えられる訳でもなければ、水を気にかけてかけてくれる事も
ありません。

こぼれ落ちたタネ自身が、発動条件が揃った時、
自身の選択と決断によって、成長を始めます。

そこには、どこにも『特別』な事は無いし、
そのタネ自身が『特別』な訳でもありません。

『特別』なんて、どこにも存在しません。
あえて言うのであれば、すべてが『特別』で在り、
すべてが『グレート』で『最高』で『最上』です。

どうであれ、次世代へと託された『タネ』は確実に
成長を始め、また『タネ』を創ります。

『特別』という『枠』を作り、自らに『制限』を入れ、
自身に『限界』を造ってしまっているヒトが、
かなりの確率で存在します。

「あの人は、別格だから!」
「特別な環境にいるから!」
「何かしら特別な力があるから!」
「特別な選ばれたヒトだから!」
「今日は特別な日だから!」

などなど、『特別』という『条件』を造っています。

『命』は、生きる様に出来ています。
そして、死ぬようにも出来ています。

思考し思い、感じて想い、感受性を持って感情を
表現する。。。

すべては、『特別』ではなく、
すべてが、『特別』です。

『限界』を感じた時、『他』がまぶしく観えたり、
羨ましく思えた時、環境や状況に何かしらを感じた時、
などなど、それらを『特別』という事にしないでください。

誰もが、『特別』で、誰もが『特別』では無いのだから。

自身の可能性を信じてください。

よろしくお願いしますね。
有難うございますm(__)m

 

 

 スポンサードリンク

関連記事

 

コメントを残す

サブコンテンツ

最近のコメント

▲ このページの先頭へ