執着と関心

 

トマト

 

 

 

 

 

本日も読みに来てくださり、ありがとうございます。

前回は、『存在している』というお話でした。
今回は、『執着と関心』というお話です。

トマトの『タネ』を蒔けば、トマトが出来ます。
苗を植えても、トマトはトマトに成ります。
キュウリならキュウリだし、スイカならスイカです。

ものすごく当たり前の事ですね。

ただ、トマトはトマトに成る事に『執着』している訳では
ありません。
『トマト』だという認識もありません。
トマト自身は、トマトと名乗った訳でもないし、
こういう味だと言ったこともありません。

トマト自身は、その環境や状況下で出来る、
最良の『実』を付けているだけです。
目的は、しっかりと熟して次なる『タネ』を創る事
だからです。
他の事には、いっさい『関心』がありません。

トマトのカタチは、『こうでなければならない』とか、
『色は赤色でなければいけない』など、
様々な『条件』や『制約』、『決まり事』や『制限』など、
自身を決めつける事には、『関心』もなければ、
『執着』もしていません。

環境や状況によって、『臨機応変』に対応して、
『順応』できるだけの『振り幅』を常に持ち合わせています。

なので、環境や状況下で、『突然変異』も起こしたりもします。

今まで通りの成長や育ち方、表皮や中身では対応できないほどの
環境変化が起きた時に、『突然変異』を起こします。

自分の姿・カタチに『執着』があっては『変異』は出来ません。
また、外への『関心』が無ければ、『対応』が出来ません。

自身へも他へも『執着』するのではなく、
自身へも他へも『関心』を持つことが大切です。

トマトは、トマトとしての成長に『関心』を持って、
最高のトマトに成ろうとします。
『執着』ではなく、『関心』なので、新しい事も取り込めるし、
対応して変更も出来ます。

あらゆるコトにモノに、どんな意識を持っているか?を
意識してみると、いいかもしれませんね^^

よろしくお願いします。
有難うございますm(__)m

 

 

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