本日も読みに来てくださり、ありがとうございます。
前回は、許可をするというお話でした。
今回は、永遠だと思わないというお話です。
タネを蒔き成長を始めたなら、その時点から『一生』になります。
そのタネの人生が始まるという事です。
そのタネの最終は、次世代への『タネ』を創る事です。
それに向けて、日々成長をします。
もしかすると、『タネ』を創れずに終わる人生かもしれないし、
花芽も付けれない人生かもしれません。
それこそ、『永遠』に生き続けることなど不可能です。
『生』と『死』はセットです。
いつかは終わりがやって来ます。
それこそ、いつ来るかもわかりません。
しかし、それは環境や状況で来るわけではなく、
どうであれ『寿命』という事になります。
いつかは来るであろう『寿命』に脅えていても恐れていても
気にしなくても、精一杯に『今』を生きても、全てに終わりが
やって来ます。
植物は、そういう事を知ってか知らずか、『今』に生きています。
過去に悔やんでもいなければ、未来に思いつめてもいません。
その日その日を、どうであれ精一杯に生きています。
偉大なことをしようとも思わないし、ちっぽけだとも思わない。
何かしなければ!と焦りもしなければ、嫌悪感に苛まれもしません。
「明日は来る」と漠然と信じているヒトは少なくないと思います。
別に、日々の中で「終わりが来るんだ!」といって悲壮感や
焦燥感、敬虔や謙虚になってくださいと言っているのでは
ありません。
いつか来るであろう『終』へのカウントダウンは止まらない
という事を意識すると、感じる事、思う事、そして想う事が
少しづつでも変化すると思います。
『選択』も『許可』も『思い込み』も『制限』も
すべては、自分自身です。
『他』は、影響や刺激でしかありません。
決めているのは、自分です。
自分としての『時間』は『永遠』ではありません。
ヒトは、『長寿』や『不老不死』にあこがれを持っています。
『健康』や『美容』、『病気』や『症状』に敏感です。
そのくせ、とりあえずでも健康で日々の生活が出来ていると
それが『永遠』のように思ったりします。
生まれた時点から、自分としての人生は常に『進行形』です。
どう『進行』していくのかを決めれるのは自分自身です。
『選択』も『行動』も『言動』も『感情』もそうです。
何を選択して許可をし生きているか、今一度意識してみて下さいね。
自分の人生は、『永遠』ではありませんよ^^
よろしくお願いしますね。
有難うございますm(__)m
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