リアルにする

土壌創り

本日も読みに来てくださり、ありがとうございます。

前回は、過去を恐れないというお話でした。

今回は、リアルにするというお話です。

みなさんは、リアルに生きていますか?

「もちろんさ!」「だって、今これを読んでいるし生きてるし。。。」

「そもそもリアルって何?」「どうでもいいじゃん」

などなど、いろいろな答えが返ってくると思います。

『リアル』。。。

心臓が動いていて、どこにでも行けるし考える事も出来る。

感情だって出す事が出来るし、言葉を発する事が出来る。

誰ととか、いつどことかだって選択しているし、なんでもできる。

そうですよね。

それだけ出来ていれば、まぎれもなく生きている事になりますよね。

でも。。。

本当に、それがすべてで『リアル』なのでしょうか?

植物は、土に根差して成長します。(自然状態での話^^)

以前にも書きましたが、成長する時は『根』から成長します。

『根』は土を掻き分け伸びていきます。

当然、真っ暗な中で孤独な作業です。

土の重みもあれば、泥まみれにもなります。

いつも、伸びやすい柔らかな土が続くわけではありません。

もしかすると、大きな大きな石に行く手を阻まれるかもしれません。

もしかすると、モグラに食べられたり千切られるかもしれません。

『根』自身は、光を観る事も周りから観られることもありません。

それでも成長を止めないし、重みにも泥だらけになる事も気にせず

ひたすら、日々成長をしようと前へ前へと伸びています。

『根』と地上部の『株』の成長は比例しているので、

『根』が伸びた分だけ、株も大きくなります。

『根』が色々な生々しい事を体験しながら、それでもなお、

前へ前へと進んでくれるからこそ、目に観える『株』も揺るぎ無く成長が

出来るのです。

這いつくばっても、泥臭く感じても、痛みや苦しみ、辛さを感じたとしても

ほんの数ミリしか進んでない様に感じたとしても、それは観えない『根』が

しっかりと成長してくれている事に他なりません。

その『根』の成長を信じて、目に観える所でも苦しみや痛み、辛さ、生々しさを

感じながら進んでいける事が『リアル』に生きている事になるのではないでしょうか。

ヒトは『ラク』になろうとします。

ヒトは『イタミ』や『クルシミ』、『ツラサ』を避けようとします。

その結果、そこに『リアル』が無くなり『感じ』ることが出来なくなります。

感じ(漢字)にならないのです。

『リアル』は、『理』が『在る』事。

『道理』が在る事であって、『利』が『有る』事ではありません。

『利』が『有る』事を選択するから、『損得』が生まれます。

『損得』では、『リスク』を恐れます。

だからこそ、『ノーリスク』を選択するし、『リスク』を排除しようと

します。

また、『リスク』を『他』に持たせようとする場合もあります。

集団化したり依存したり。。。

周りを気にすることと、『気遣い』『思いやり』『侘び寂び粋』は

違います。

全ては、『自己』。

それが、『リアル』にする事になります。

よろしくお願いします!

有難うございますm(__)m

 

 

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