火の無い所に煙は立たずというけれど

振動

 

 

 

 

 

 

本日も読みに来てくださり、ありがとうございます。

前回は、『自分に強気になってみる』というお話でした。
今回は、『火の無い所に煙は立たずというけれど』という
お話です。

『火の無い所に煙は立たず』という言葉があります。

『煙』がそこに在るという事は、『火元』が在るという事です。

言うなれば、『煙』みたいな『モヤッ』としている話なんだけど、
そんな話が出るって事は、何かしらの確実な『火元』になる
『原因』が在るって事よね!!

という感じで、周り中に話しているヒトが使う言葉です。

さも『確証』が在る様に話すヒトも居れば、
勝ち誇ったように発するヒトも居ます。。。

面白がって、『尾ひれ葉ひれ』を付けて過大評価にする
ヒトも居ます。

ヒトは、基本的に『噂話』が大好きです。

ゴシップ記事が満載の週刊誌や新聞。。。

ワイドショーやネット情報。。。

井戸端会議やコソコソ話。。。

「ここだけの話なんだけど、、、」というフレーズ。。。

「聞いた話なんだけど、、、」という責任逃れ。。。

「らしい」や「かも」や「たぶん」を付ければいいと思っている
浅はかさ。。。

『火元』になる『原因』が、お線香の火ではつまらないので、
わざわざ焚き付けて火を大きくするヒトも居ます。

あるいは、何の『火の気』も無かったのに、
強引に火を付けて煙を上げるヒトも居ます。

どちらにしても『放火犯』ですね。

『火の無い所に煙は立たずというけれど』

わざわざ『飛び火』をさせているヒトの残念な行動や
それを『鵜呑み』にする残念なヒト達の存在が
あまりにも哀しくて切ないと感じます。

『弱者』になったり『被害者』になるのは簡単です。

『強者』と『加害者』を造ればいいだけです。

そして、さらには『それ』を言いふらして、
賛同者という『味方』を増やせば完璧です。

『多勢に無勢』の状態を造り出す事で、
『正義』が成立し『正当化』出来ます。

ヒトとしての、『愚かさ』と『エゴ』と『醜さ』の
表現としては、これらの行為が一番明確に
現していると思います。

ヒトは『弱き生き物』です。

決して『ひとりぼっち』では生きていけません。

『関係性』を持てる『間』を保てるからこそ、
ヒトは、『人間』に成れます。

『人間』は『孤独』を知っています。

『孤独』を知り大切に出来るからこそ、
『他者』を受け止め向き合えます。

『孤独』を怖がり怯えているヒトは、
共通話題を必死になって造るコトや、
自分だけが知っている話をする事で、
『優位性』を持とうとします。

『火の無い所に煙は立たずというけれど』

たかが『煙』の話を『拡散』しているヒトにだけは
成りたくないですね。

どうしても広げたいのであれば、
まずは『火元』を自分の足で目で耳で感覚で、
確かめに行ってからにしましょう!

それが出来ないのであれば、『拡散』という行為自体を
しない事です。

『因果応報』という言葉も在ります。

『人の振り見て我が振り直せ』という言葉もあります。

そんなモノコトに飛びついてしまっている自分自身。。。
そんなモノコトを鵜呑みにしてしまっている自分自身。。。

意識して観てくださいね。

よろしくお願いします!

有難うございますm(__)m

 

 

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