『事実』に向き合う

リンゴ2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本日も読みに来てくださり、ありがとうございます。

前回は、『備えあれば憂いなし』というお話でした。
今回は、『『事実』に向き合う』というお話です。

ヒトの目は、自身が見ているモノコトを補整して
見ています。

見たいモノだけを選択し、見たい所だけに、
焦点を当てます。

それらの特性を利用した『トリックアート』という
モノもあります。

真っ直ぐな線なのに歪んで見えたり。。。

同じ長さなのに違って見えたり。。。

同じ色なのに色の濃度が違って見えたり。。。

目の錯覚や特性を大いに利用してあります。

同じ長さ、同じ濃度、真っ直ぐなどという『答え』を
知ってから、あらためて見ても違って見えたりします。

それくらいにヒトの目というのは、
補整したり補足する事の性能が素晴らしく出来ています。

そんな高性能な目に、自身の『思い込み』や『思考』等が
介入する事で、より補正と補足が成されます。

その状態が『偏見』を生み出します。

『偏見』を持った状態では、見るだけでなく聞くことまでも
偏らせてしまいます。

偏った見聞では、『事実』ではなく、そのヒトが思い描く
『バーチャル』な世界になっています。

そんな世界を『事実』と思い込みたいがために、
さらに偏った見聞をする事で、塗り固めていきます。

何も知らなかった『純真無垢』だったアダムとイブも
『禁断の実』を食べた事で、知恵や恥じらい、比較等を
身に付けました。

それらは『偏見』という『エゴ』を生み出し、
『比較』『評価』という『レッテル』を生み出しました。

それらが蔓延する世の中にする事で、『混沌』や『混乱』
『競争』や『争い』も生まれました。

あらゆるモノコトが『バーチャル化』してしまい、
生身と生身の触れ合いや交流が枯渇しています。

『『事実』と向き合う』

それぞれがそれぞれに持つ『バーチャル空間』から
抜け出して、お互いにお互いの『事実』と向き合う。

まずは各々が意識して、自分自身の『事実』と
向き合う所から始めましょう。

『事実』を見聞き出来る様になれば、あらゆるモノコトは
とても『シンプル』になります。

『『事実』と向き合う』

意識して観てくださいね。

よろしくお願いします!

有難うございますm(__)m

 

 

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