記憶喪失になってみる

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本日も読みに来てくださり、ありがとうございます。

前回は、『新たに切り替える』というお話でした。
今回は、『記憶喪失になってみる』というお話です。

ヒトは、生きて来た環境や状況、関係性や周りの反応など
から様々な『記憶』や『情報』、『経験』や『知識』などを
得て来ました。

赤ちゃんの頃には、言語や表情、行動や表現など、
基本になるモノコトを、もの凄い勢いで吸収しました。

そこで出来上がった『ベース』を使って、応用したり、
併用したりして、『パターン』や『バリエーション』を
増やしてきました。

そうする事で、『判断』や『選択』にも変化が生まれ、
状況や状態に応じて、切り替える事も出来る様に
なりました。

反対に、『禁止令』や『制限』、『制約』なども、
生きてきた年数分だけ増えています。

これらが、自身の行動や言動、感情の選択などに、
多大な影響を与えています。

現状の『自分』は、これらの蓄積された『記憶』や
『情報』、『知識』や『智恵』、『制限』や『制約』、
『禁止令』などの集大成によって出来ています。

何かしらのモノコトを判断し選択する時も、
外部からの刺激に対する反応も、
自身が受け取った色々なモノコトも、
全部、『それらの集大成』によるものです。

現状を変えたいなら、生き方に変化をもたらしたいなら、
『それらの集大成』に対して、ある意味『反旗を翻す』事が
必要です。

今までの生活パターンや、今までの判断や選択など、
それら全てを意図的に変える事が大切です。

意図的に変える事にどうしても『抵抗』が在るのなら、
意識的に意図的に、

『記憶喪失になってみる』

のも、いいかもしれません。

「私は誰?ここはどこ?」

いたって、真面目に『記憶』を無くしてみましょう。

自身から、どんどん出てくる『記憶』や『情報』等を
完全に無視してみるのもいいかもしれません。

『記憶喪失になってみる』

ものすごく真面目な提案ですからね。

意識して観てくださいね。

よろしくお願いします。

有難うございますm(__)m

 

 

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