愛と情の話

芽出し

 

 

 

 

 

 

 

本日も読みに来てくださり、ありがとうございます。

前回は、『思いっきり休む』というお話でした。
今回は、『愛と情の話』です。

大自然に生きる動植物には、『情』は在りません。
在るのは『愛』のみです。

食物連鎖も『愛』で出来ています。

誰もが『生死』と常に向き合い生きているので、
食物連鎖の時も、どちらも『命がけ』です。

植物も落ちて成長を始めた所が一生の『場』になるので
常に『命がけ』です。

誰もが『命がけ』で生きているので、お互いを尊重し、
敬意を持って接しています。

『否定』や『批判』、『比較』や『批評』は一切ありません。

いつでも本気で、いつでも真剣で、いつでも真摯に
受け止めています。

どんな状態で在ろうと、どんな状況になったとしても、
相手への『ベクトル』は変わりません。

相手によって『ベクトル』や『エネルギー』を変えるのは、
ヒトです。

大自然に生きる動植物たちは、全てが対等であり、
分け隔てなく『個々』を認め合っています。

だからこそ、狩る方も狩られる方も真剣に追いかけ、
逃げるのです。

『お情け』を掛けていたのでは、どちらにとっても
『生死』に関わるからです。

逃げに逃げ、追うに追い、やがて結末を迎える時、
潔く身を投げ出します。

全てを差し出す意識こそ、『愛』になります。

『情』は『愛』にはなりません。

『情』は、関係性に置いて『上下』であり『優劣』だからです。

「かわいそう!」
「わるいから!」
「しょうがない!」
「しかたがない!」

などなど。。。

相手を許す言葉に聞こえますが、これらは立ち位置が
『上』からなのです。

相手に対して『許可』をしている状態です。

相手の処遇を決めているのは『自分』です。

受け入れているのではなく、『許可』をしているだけです。

自身が『拒否』すれば、その関係性は簡単に壊せます。

『愛と情の話』

とてもディープで、とても痛い話に聞こえるヒトも居るかも
しれません。

『愛情』は、『愛』でも無いし『情』でもありません。

『愛情』という感情は、『母』しか持ってはいません。

わが子を身ごもり、自らのお腹に受け入れた時から、
母親としての立ち位置で接する事が『愛情』です。

受け入れている状態で『上』からの立ち位置です。

これは『母』の感情で想いです。

対象に対して、この状態で在れば『母』になっています。

『愛と情の話』

意識して観て下さいね。

向けられている方も『個』ではなく『子』になっていないか、
今一度、確認して観て下さいね!

よろしくお願いします!

有難うございますm(__)m

 

 

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