記憶はすべてに宿る

本

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本日も読みに来てくださり、ありがとうございます。

前回は、『タイミングを逃さない』というお話でした。
今回は、『記憶はすべてに宿る』というお話です。

自然界においても、さまざまな『場所』や『モノ』『コト』に
『記憶』は宿っています。

それらは、『雰囲気』であったり、『空気感』であったり、
『磁場』となって現れます。

自然界に生きている動植物たちは、それらを嗅ぎ取り、
生存エリアとして活用したりしています。

『縄張り』や『コミュニティー』というのが、それにあたります。

それらが『結界』のごとく張り巡らされているので、
他の動植物の侵入を防いだりします。

そうする事で、生態系の『バランス』が『調和』されて、
全体的に観ると、『平和』な空間が維持されています。

個々が個々のままに存在し、全体が全体として調和し、
『バランス』が取れています。

それは、有機質である『生命』だけで調和しているのではなく、
無機質と呼ばれる『生命』たちも含まれます。

無機質なモノやコトというのは、石であったり金属であったっり、
水であったり空気であったりします。

固体・流体・気体と呼ばれる無機質たちにも『記憶』は
存在しています。

こう書くと、とてもスピリチュアルでぶっ飛んだ話を書き出したと
思うヒトがいるかもしれません。

しかし、ヒトはそれらをしっかりと活用しているし、
当たり前に使用しています。

『形状記憶合金』というのを聞いた事があると思います。
ある一定温度を加えると、元のカタチに戻るという金属です。

また、パソコンなどで使われているモノにはたくさんの
記憶媒体が入っています。

音楽や映像、文字や絵画、壁画にらくがき、調理法に
しても、それぞれの持つ『記憶』を利用しています。

ゆえに、『パワースポット』と呼ばれる『場』や、
『心霊スポット』と呼ばれる『場』にも、
それぞれに訪れたもの達の『記憶』が『トレース』されて
そこに『記憶』されているのです。

『形見』の品や、『愛用』のモノやコト、『心地よさ』や
『居心地』も、そこに在る『記憶』によってもたらされます。

日本は、本来は『八百万の神々』を祀っていました。

『すべてのモノ・コトに神は宿っている』と信じていました。

その『想い』があるので、モノやコトをとても大切に使う文化や
風習が在りました。

また、さまざまな民話やおとぎ話としても、
その想いが伝承されていました。

『もったいない』『おすそ分け』『持ち寄り』『物々交換』。。。

いろいろな形で、生活の中に活用していました。

『四季』を詠み、『気温』『天気』『空気』を読んで生活を
調整していました。
他を合わせるのではなく、自らが合わせていく生活スタイルです。

自然界に対しても『畏敬の念』を持ち、踏み込んではいけない
領域を創り、守ってきました。

大いなる自然に対して『信仰対象』として大切にしてきました。

それらの『記憶』は、その地に確実に『記憶』され、
それに伴う『記憶』も今もなお『発動』してくれています。

が、しかし。。。

その『記憶』を破壊している、傷つけている輩がいます。

レコード盤やCD等で言えば、盤面を傷だらけにしたり、
割ったりしていると考えて下さると分かりやすいかもしれません。

そうなると、そこに在ったはずの『記憶』は失われ、
その『記憶』によって『調和』され『バランス』が保たれていた
コトやモノが、一気に『決壊』してしまいます。

『バランス』が崩れると、さらに『連鎖反応』が起きて、
要所要所でも同じような『決壊』を誘爆してしまいます。

災害や犯罪等も、これらの『バランス』の『決壊』が
影響しているのだと思います。

『記憶はすべてに宿る』

意識してみましょう!

あなたは、周りのモノ・コト・想い・思いにどんな『記憶』を
『トレース』していますか?

よろしくお願いします。

有難うございますm(__)m

 

 

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