全てをあきらめてみる

雪の木

 

 

 

 

 

 

 

本日も読みに来てくださり、ありがとうございます。

前回は、『1歩踏み込む』というお話でした。
今回は、『全てをあきらめてみる』というお話です。

落葉樹は、冬を迎える時に一気に葉を全部落とします。

せっかく付けた葉だとか、枝だけになったら貧相だとか、
考えません。

躊躇なく潔く葉を付けている状態をあきらめます。

間違ってはいけないのが、この時の『あきらめる』は、
ここで成長するのをやめるという『あきらめ』ではなく、
さらに大きく成長するための『あきらめ』だという事です。

春になり新しい新芽を一斉に出して若葉いっぱいになっている
自分自身の姿が明確に描かれているからこその『あきらめ』です。

言い方を変えたなら、『手放す』という事になります。

『あきらめない』状態は、『手を放さない』状態です。
『手を放さない』と頑張ると、より強く放さない状態になります。
その状態では、放したくないモノやコトの全体像が見えなくなります。

全体が見えない状態では、対象を把握する事も細分化して観る事も
出来なくなります。

対象の一部しか見えなくなっている状態で、
さらには、ものすごく近い状態で見ているのでその部分ばかりが
クローズアップされ、対象全てがそうであるかのように思い込み始めます。

そんな状態では、対象も自分自身も冷静に観る事も、
客観視する事も出来ません。

客観視や冷静に対処できる様にするには、まずは一旦手放す事です。
つまりは、一旦『全てをあきらめる』のです。

全てをあきらめた時、視野が広がり視点もクリアになるので
全体的に明るくなります。
明るくなれば、目も見えやすくなります。

視点を広げ、視野を明るくし、全体を俯瞰し客観視する。

これが、『全てをあきらめてみる』事になります。

『手放さない』のは、『執着』です。

『執着』は、『依存』につながります。

思い切りの良さで、全てをあきらめてみましょう!

よろしくお願いします!
有難うございますm(__)m

 

 

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