平穏に慣れる

虹

本日も読みに来てくださり、ありがとうございます。

前回は、価値観を観るというお話でした。

今回は、平穏に慣れるというお話です。

植物は、一度『根』を下ろした所で一生を終えます。

あっちへ行くことも、こっちへ来ることもありません。

その場に定着し、適応し、日々を坦々と過ごします。

風に吹かれ、日に照らされ、雨に会い、虫や動物に触れ、

日々の流れに身を任せて生きています。

焦る事もなく、抗う事もなく、比べる事も、競う事も、

争う事もありません。

何かしらのイベントを発生させるわけでもなく、

何かしらの成果や手柄を立てようとも思わず、

昨日と違う事が起こる事に期待せず、一見変わらぬ日々を

そのままに、ありのままに受け入れ、想いのままに生きています。

日々に『何もない』『何も起こらない』『そこに在る』

そんな『平穏』な日常こそが、一番大切で有難い事に植物たちや

自然に生きる動物たちは気づいているのかもしれません。

植物は『動かない』を選択した生き物です。

アクションを起こす。

行動に現わす。

言動を発する。

カタチにする。

目に見える様に!

刺激。

衝撃。

チカラ。。。

大きなエネルギーを必要とするこれらは、植物たちから

観れば必要ではないと切り捨てられたモノ・コトです。

それでも、木々は成長し何百年も生き、何千年も生きてきました。

様々な大きさの植物たちも、環境に状況に適応しながら

その都度、その都度で変化し進化しながら生きています。

ヒトは、思考し思い、行動し発し現わす事に慣れています。

何かしらをしている事こそが、大切で素晴らしくて偉大だと

思っています。

カタチ有る事にこだわり、カタチ有るモノに目を奪われ、

カタチ無き事に恐れ、カタチ無きモノに怖れる。。。

『何もない』『何も起こらない』『何もしない』

ただ、そこに『在る』こと。

そんな日常に慣れる事が大切かもしれません。

『何もしない』『何も起こせない』『何も出来ない』

そんな自分だとしても気にする必要はありません。

その考えは、『有る』という概念から来ています。

『有る』ことが『優秀』、『無い』ことが『罪』だと

思わせる社会性。

比較・評価・ステイタス・優劣・競争という

概念、思い込みからです。

そんな社会性に必要なモノ・コトが有ろうが

無かろうが、あなたは『在る』のです。

『今』ここにちゃんと『在る』のです。

どうであれ『在る』のです。

『平穏』

平らで穏やか。

こんな感覚に慣れ、植物の如く『動かない』を

選択出来る様な生き方も愉しいかもしれませんね。

ちなみに、植物は『動かない』を選択しましたが、

まるっきり動かない訳でもなければ、

他力本願に生きている訳ではないですよ^^

生きるために必要な栄養や水を得るのに、

『根』を張り、葉を広げ、花咲き、光を求めて

成長をし続けています。

『平穏』を愉しみましょうね^^

よろしくお願いします。

有難うございますm(__)m

 

 

 

 

 

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