決して変わらぬ日常は無い

 

 

 

 

 

本日も読みに来てくださり、ありがとうございます。

前回は、『現実という名の非現実』というお話でした。
今回は、『決して変わらぬ日常は無い』という
お話です。

自分にとってとても良い事が起きた時、
自分にとってとても素敵な時間だった時、
自分にとってとても充実する場所だった時、、、

自分が心地いい時間や場所、ヒトと居る時、
「ずっとこのままで居られたらいいのに!!」

そう望み願うのではないでしょうか。。。

苦痛や悲哀を好んで選択したがるヒトは、
あまり居ないと思います。

誰もが、幸せで嬉しくて楽しい空間や時間、
ヒトや場所を欲します。

それらがあまりにも居心地がよければ良いほどに
そのままを欲し望みます。。。

写真に残すかの様に、
一時停止を押した映像の如く、
そのままをそのままに維持しようとするのは、
完全に不可能です。

実際の写真であれば、
残した記録はそこに写っていても、
それを観る側は、
確実に時を重ねていっています。

写真自体も、
よほど保管をよくしない限り、
劣化し風化します。。。

『決して変わらぬ日常は無い』

同じ様なサイクルで、
同じようなパターンで、
どれだけ生きていたとしても、
その時その時は明らかに違います。

紙に書いてあるなら、
二つを合わせて透かして観れば、
完全に別物である事に気づきます。

移り移ろい変化していくのが、
ヒトであり、想いや思いもまた、
変化していくモノなのです。。。

『決して変わらぬ日常は無い』

起きている、起こしてきた、
あらゆる出来事や想いや思い。。。

そこには【事実】と、
それをどうであれ受け取った【主観】が
混在しています。

【事実】は変わらないですが、
【主観】はどんどん変わります。。。

変わらぬ状態で居るには、
【事実】と【主観】を別々に分類し、
別々の事象として処理や対応が
出来る状態です。

【主観】に気づくには、
自分だけでは気付けにくいです。

何かしらの【外部刺激】が起きたりする事で、
気付けたりします。。。

『決して変わらぬ日常は無い』

あなたは自分で思い込んでしまっている事や
決めつけてしまっているモノはありませんか?

意識して観察して観ましょう。

よろしくお願いします!

 

 

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2 Responses to “決して変わらぬ日常は無い”

  1. 通り雨 より:

    事実は事実。
    主観は主観。

    混ざると妄想。

    例えばイジメに合っているとして、
    そのとき、その場所でイジメられていたかもしれないが、
    なにも 街中 世界中から嫌われ
    イジメに合ってるわけじゃない。

    • うえる より:

      通り雨さん、こんにちは。
      そうですね。
      事実と主観。
      まるっきり別物です。
      分けて観ると観えてくる
      モノコトヒトがありますね。

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