すこし、はずれてみる。

Lock

本日も読みに来てくださり、ありがとうございます!

前回は、『スタイル』のお話でした。

今回は、すこし、はずれてみるというお話です。

突然ですが、質問です。

キャベツには、何をかけて食べますか?

カレーの具は何を入れますか?

身体は、どこから洗いますか?

はい!

答えて頂けましたでしょうか?

なんでもない質問だったのですが、何気なく答えたそれがあなたの決まり事です。

別に大した事ではないから、別にいいじゃん!

好みだし、クセだからしょうがない。

などと思われるかもしれません。

確かに、植物でも種類によって栽培法というのがあります。

トマトはトマトの、スイカはスイカの育て方はあります。

でも、それはあくまでも基本的な栽培法であって、必ずしも『正解』ではありません。

現に、放置されていたトマトの株が、一年後に勝手に生えてきて実をつけたりする事も

あります。

雑草や野草は、タネが落ちた所が育つ場所になります。

その場、その場の環境に準じて成長します。

なぜ、そんな事ができるのでしょう。。。

それは、『決まり事』を持っていないからです。

ヒトは、無意識・意識が関係なく『決まり事』をたくさん持っています。

先ほどの質問による答えも、そのヒトツです。

当たり前、ふつう、常識、みんな、たくさんの、誰もが、などなど

暗黙的に『決まり事』を持って生きています。

それ自体は、全然悪い事でも無いですし、いけない事でもありません。

それだけの『決まり事』があるおかげで、秩序やルール、モラルや道徳が保たれているのも

事実です。

それこそ、常識的な思考や解釈、交流や配慮が出来たりもしています。

ただ、、、

時と場合によっては、その暗黙知や『決まり事』が自身を苦しめる原因にもなるのです。

意識的な『決まり事』よりも、無意識な『決まり事』を多く持っていらっしゃる方に多い

ように感じます。

『決まり事』に身体が慣れているヒトは、枠に収まる事で安心感を得ていたりしています。

その枠を設定して、そこからはみ出さない様に自分を律し自分を制御しています。

なので、このタイプのヒトは、「はずれる事」が苦手です。

「はずれる」という行為は、断じて許されない行為であり、恥であり、逃げである。

とさえ感じる方もおられます。

制限をかけ、ルールをつくり、研鑚し、精進する。。。

まるで、修行僧か軍人のような意識だったりします。

それが自身が好んでいるのなら、それはそれで構わないのですが、無意識的に環境的に

それを自分に課している場合も多々見受けられます。

様々な責務と役割を抱え込み、自身を叱咤して生きている。。。

そんな状態で居続けるのは、満身創痍の重病患者にムチ打って指示をしているようなものです。

ただ、、、

そんな環境下に慣れてしまっている方に、そこから外れましょう!と言っても、無理があります。

なので、最初は枠からほんの少しだけ外れてみる事から始めてみましょう。

ほんの少し外れる事に慣れてきたら、外れた所から自身をよく観てみましょう^^

きっと、違う視点で自分を観察する事が出来て、見聞が広がり、自分の枠も広がります。

はずれるアクションは、ほんの少しで大丈夫です。

その繰り返しが、フィールドを創りだします!

よろしくお願いします!

有難うございますm(__)m

 

 

 

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