感情と思考を混同しない

樹皮 感情

樹皮

本日も読みに来てくださり、ありがとうございます。

前回は、抱え込まないというお話でした。

今回は、感情と思考を混同しないというお話です。

樹木は、表面に硬くて丈夫な樹皮で覆っています。

これは、外部から身を守る為や大きくなった身体を支えるためや

中からの水分等の蒸散を調整するためだったりします。

樹木は、年輪があります。

成長と共に幹も太く成長します。

外皮が入れ替わるのではなく、芯の部分が新たに増えていきます。

外皮は、硬くて丈夫ですが中の成長と共に太くなっています。

もしも、外皮が頑なに硬くて最初のカタチを維持しようと固定したなら、

内側は成長する事も出来ないし、太く丈夫になる事も出来ません。

とうぜん、成長も止まり枝葉も伸ばせません。

外皮は、中と連動し受け入れ、共に協力しあって大きく成長しているのです。

だからこそ、硬く丈夫だけど柔軟でしなやかな粘りあるカタチを保持出来るのです。

ヒトに例えたなら、外皮が『思考』で、中に現れるのが『感情』です。

また、『感情』は年輪のごとく、幾重にも重なっているので、表皮に近い部分の

感情は、『思考』に近いモノになっています。

主に、表層に現れるのは『怒り』という『感情』です。

外皮は、外から防御する役目も担っているので、それと連動した『感情』が

表皮に出やすいのです。

『怒り』は『他』に対して攻撃体制も迎撃も守備も出来る万能の『感情』です。

『守り』を最大の重要事項にしているヒトほど、『怒り』が表層に上がりやすく

なります。

「攻撃は最大の防御なり」です。

その『怒り』の感情層を剥いだ所には、『恐れ』や『脅え』が隠れている場合が

多いです。

「窮鼠猫をかむ」状態ですね^^

さらに感情層を剥いでいくと、『悲しみ』や『哀しみ』、『寂しさ』や『孤独感』

『排除感』や『拒絶』、『虚無感』や『喪失感』などが隠れています。

さらに剥いでいくと、『愛されたい』や『甘えたい』、『安心』や『安らぎ』という

『感情』があったりします。

ひとつの出来事に対して、『感情』は「ひとつ」ではなく、このように幾重にも

重なっているのです。

なぜ、幾重にも重なってしまったのか?

それは、幼少期からの積み重ねで起きています。

最初は、ストレートな『感情』を現わしていました。

が、そこで『他』から受けた影響によって、書き換えや置き換え、我慢や制限

など、様々なコーティングが徐々に施されていくのです。

その為、思考を先に働かせて状況把握やシュミレーション、計算や分析に

チカラを入れ、そのエネルギーになるように感情を選択します。

瞬発的エネルギーとして最も使いやすいのが『怒り』です。

このエネルギーを発する事で、『威圧的』にも『高圧的』にも

なれるのです。

外に発している態度が、『威圧的』や『高圧的』なヒトほど

内面は『恐れ』や『脅え』が蔓延しているかもしれません。

『思考』と『感情』は全然別のモノです。

混同し、表層の感情ばかりを選択する事を注意してくださいね。

よろしくお願いします!

有難うございますm(__)m

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