結局は愛に生きている

 

 

 

 

 

 

本日も読みに来てくださり、ありがとうございます。

前回は、『苦と楽、始まりはどっちだ?』という
お話でした。
今回は、『結局は愛に生きている』というお話です。

ヒトは他者からの【承認】を欲し求めます。

誰かに認められたいし、
誰かに賞賛や尊敬もされたいヒトも居ます。

誰かと関わりたいし、関わられたい。。。

誰かと触れ合いたいし、
誰かに触れられたい。。。

誰かから愛されたいし、
誰かを愛したい。。。

拒絶ではなく、受容されたい。。。

否定では無く、肯定されたい。。。

疑われるのではなく、信じられたい。。。

理解されないのではなく、理解されたい。。。

誰もが多からず少なからず、
持っている思いや想いです。

それら全てが、
自身が欲し求める通りに完全に手に入ったなら、
きっと、ヒトは逆に不安を覚えるでしょう。。。

中にはつまらなくなり飽きてしまい、
絶望に近い気持ちになるかもしれません。

「何もかもを得た!」

そう思った時点で、すでに喪失感が始まります。

【足りない】【無い】【無くなる】【減る】、、、

そんな事ばかりを思う様になってしまいます。

全てが得られるにしろ得られないにしても、

『結局は愛に生きている』

という事に気づきましょう。

愛を欲し求めるからこそ、
他に対して見栄を張ったり、
体裁を気にしたり、
ステイタスやシンボルが欲しくなります。

愛を得たいからこそ、
物質的なモノコトヒトを集めます。。。

ヒトは【愛】無しでは生きられません。

自身がどうであれ、

『結局は愛に生きている』

のだという事を意識して観ましょう。

自身を意識し観ようとする行為が、
【愛】になります。

よろしくお願いします!

 

 

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2 Responses to “結局は愛に生きている”

  1. 通り雨 より:

    小さな子供を観てると
    ひとつひとつの行動が
    愛情を得たいことが
    原動力になってるのがわかります。

    自分の中の
    小さな自分に気づいてあげられることから 自分を生きるってことや
    愛というものが始まるのかもしれません。

    少なくともわたしはそうかもしれません。

    • うえる より:

      通り雨さん、こんばんは。
      そうですね。
      沢山のイロイロな自分。。。
      今まで見逃していた、
      気付いてもいなかった自分も居ます。
      それらを気づいてあげる。。。
      とても大切ですね^

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