自覚を持つという事

重なり

 

 

 

 

 

 

 

 

本日も読みに来てくださり、ありがとうございます。

前回は、『自分の為になる事をする』という
お話でした。
今回は、『自覚を持つという事』というお話です。

あなたがもし、
画像の様なお花の苗を渡され、
自身で受け取ったのなら、
その花苗を育てて行く責任と覚悟は
あなた自身が持たなくてはいけません。

または、、、

自身で育てないという決断でも構いません。

そうであれば、
代わりに育ててくれるヒトを探すか、
とても可愛そうですが
廃棄する事をしないといけません。

無責任にどこかへ放棄したり、
放置したりはいけません。

それらが嫌なのであれば、
一番初めに安易に受け取らない
事が大切になります。

植物はモノも言えなければ、
自身で動くことも出来ません。

なので、廃棄する事や
放棄したり放置する事に
あまり抵抗を持ちません。

昨今、ペット問題があります。

動ける、叫ぶ吠える鳴くが
出来る動物でさえ、
棄てるヒトが後を絶ちません。。。

育てるという事の重大性も、
『いのち』の重さも、
成長していくという現実も、
全てに対して、
【曖昧】で【いい加減】で、
【自分勝手】なのだと思います。

『自覚を持つという事』

それは、自らが自らの手で、
自らの意思で、
何かしらを始めるのだと決めたり、
命在るモノから、
いのちは無いけれど、
思いや想いを持っている場所など、
自分が決めたモノコトヒトに
自身が責任を持って、
覚悟を持って、
向き合うという事です。

動植物の例え話を出しましたが、
習い事や勉強、、、
趣味や起業などに対しても、
同じことが言えます。

『やる!』と決めたのであれば、
自覚を持って、
責任と覚悟を持って、
やるべき事はやるべき事として、
確実に歩を進める事に
意識を向けないといけません。

『自覚を持つという事』

それは根詰めて無理をする事ではなく、
自己責任において
自己管理をする事です。

動けなくなる程に酷使したり、
病気なのに無理をしたり、
目の前の事に囚われるのではなく、
長期的な視野を持って管理する。

ただし、、、

完治するまで何もしないのは、
意味が違います。

自己責任で動ける様になったなら、
即座にするべき事に取り掛かる!

それが『自覚を持つ』という事に
なります。

あなたには、『自覚』を持たないと
いけないモノコトヒトは在りますか?

よろしくお願いします!

 

 

 スポンサードリンク

関連記事

 

3 Responses to “自覚を持つという事”

  1. 通り雨 より:

    せめて、自分の命だけでも
    自覚を持って
    全うしたいです。

コメントを残す

サブコンテンツ

▲ このページの先頭へ