犠牲になっている思考を脱する

Lock

 

 

 

 

 

 

本日も読みに来てくださり、ありがとうございます。

前回は、『自身を特別にしたがるヒトビト』という
お話でした。
今回は、『犠牲になっている思考を脱する』という
お話です。

たとえば、、、

家庭で家族間で、、、

たとえば、、、

職場や学校の関係性で、、、

たとえば、、、

友人や仲間内で、、、

その場所や関係性、状況や状態を
平和で調和の取れている環境にしていたいと、
自らが【犠牲】になってまで、
そこの調整をしようとするヒトは、
意外に多い様に感じます。

自分の事よりも他者のモノコトを優先する。。。

自身の意見や感情よりも、
他者の意見や感情、思考を優先する。。。

自分の想いや思いが在ったとしても、
他者の想いや思いを優先し合わせる。。。

などなど、、、

自らをとことん【犠牲】にしてまでも、
その状況や環境を維持しようと、
頑張っているヒトビト、、、

中には、、、

先手を打って、先回りをして
相手に至れり尽くせりをする事で、
自分の想いや思いを受け取ってもらえる様に
するヒトも居ます。

そんなヒトの思考は、
「これだけやっているのだから大丈夫だろう」
という【ポイント制】だったり、
【報酬型】の立場をつくります。

そうする事で、相手に対して、
優位性を持とうとします。。。

が、実際はどこまで行っても、
相手優位の状態が続きます。。。

そんな状態が続くと、

「これだけ犠牲になっているのに!」と、
自身の中に不平不満が充満します。。。

それでも出せずに居ると、
やがてそれらの想いや思いは、
溜まり過ぎにより腐敗し臭気を放ちます。。。

その腐敗物と臭気によって、
より不平不満が募り、
やがて爆発します。。。

『犠牲になっている思考を脱する』

なぜ上記の様な状態に陥るのか、、、

それは、【自己犠牲】になっているという
思考からです。

他を満たす為に自身が我慢をする。。。

これでは、自身はいつまで経っても、
満たされる事はありません。

色々な思いや想いは、
【一方通行】です。

自らがどうであれ放つモノコトアクションは、
どうであれ自らが判断し選択し決定しています。

その部分に意識を向けると、
たとえ【犠牲】になるという状態でも、
自らがそれを判断し選択し決定した事が
分かります。

本当はイヤだったとか、
本当はこうしたかったとか、
嫌な空間にしたくなかったからとか、、、

色々な自分自身の中に在る、
思いや想いが観えて来ます。

それらに気づき、
それらを癒す事で、
自らも自らによって満たされます。

『犠牲になっている思考を脱する』

意識して自身をそこから脱して
あげてくださいね。

よろしくお願いします。

 

 

 スポンサードリンク

関連記事

 

2 Responses to “犠牲になっている思考を脱する”

  1. 通り雨 より:

    犠牲者意識なら 得意教科ですっ
    どーっぷり
    じーっとり しーっかり
    浸かってますっ

    Ψ( ̄∇ ̄)Ψドウシヨ‐

    きっかけだった
    たくさんの不遇な出来事は
    出来事として不遇であっただけと処理し

    そこから
    犠牲者意識、自己否定感を育てる必要はなかったのに…
    と今は想います。

    長年培われたものは 根深いです。

    「犠牲者意識」 「自己否定」は
    わたしという人間の全てではありませんが
    大切な愛すべき1面です。

    • うえる より:

      通り雨さん、こんばんは。
      得意教科ですか^^
      それはよかった!(笑)

      今なら想えても、
      その時の自身は、
      その方法が自己防衛に
      最適だと判断したのでしょうね。

コメントを残す

サブコンテンツ

▲ このページの先頭へ