気付きは罰する為にあるのではない

自分らしく生きる

 

 

 

 

 

 

本日も読みに来てくださり、ありがとうございます。

前回は、『張り合うという事を間違えない』という
お話でした。
今回は、『気付きは罰する為にあるのではない』
というお話です。

色々なヒトや場所、書籍やメルマガ等を
見たり聞いたり、観たり聴いたりしているヒトも
多いのではないでしょうか。

【自分探し】や【自分磨き】に
一生懸命なヒトも居ます。

自身の持っている【技術】や【スキル】を
更に高めようとしているヒトも居ます。

自身の中に在る【疑問】や【不安】を
解消しようと学んだり調べているヒトも居ます。

色々なモノコトヒトに取り組むのは、
取り組むヒトそれぞれに、
目的も結果も始まりの原因も
それぞれ違っています。

ひどく落ち込んでしまった時だったり、
何かに悩み苦しんでいた時だったり、
身動きが取れなくなってしまった時かも
しれません。

そんなにも酷くなく、
何気に目に飛び込んできたとか、
何気に手に取ってしまったとか、
興味や関心からのヒトも居ると
思います。

始まりはヒトそれぞれだと思いますが、
学び始めた時にやりがちなのが、
今の自分と比較して評価をしたり、
出来ていない自分に気づいて、
凹んだり責めたり、、、
自身をさらに凹ましてしまう行為を
していたりします。

いわゆる『出来ていない自分』を
自身でさらに明確化して、
立ち位置を低くしています。

ダメな自分、、、

最低な自分、、、

イケナイ自分、、、

害でしかない自分、、、

そんな場所へと、
自身を叩き落とします。。。

『気付きは罰する為にあるのではない』

何かしらを学んだり得る事で、
以前では気付く事すら出来ていなかった
モノコトを気づける様になった自分。

自身から出てくる思考や感情に
気付ける様になった自分。

まずは、
その気づける様になった自分を、
褒めてあげましょう。

「またやっていた、、、」

「またやっている!」と、

責めたり罰する為ではありません。

「そこからの~~~!」と、
切り替える為に気づいているのです。

『気付きは罰する為にあるのではない』

意識して観て感じてあげましょう。

よろしくお願いします!

 

 

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2 Responses to “気付きは罰する為にあるのではない”

  1. 通り雨 より:

    後ろ髪を引かれながらも
    「からのぉーー!」
    (ノ`△´)ノ

    責めたくなる気付きは
    全部 自分で抱きしめていくぜっ!
    (ノ`△´)ノ

    あ それ !それ !それ! それぇぇ~~♪♪
    (ノ`△´)ノ

    ここに印す。

    • うえる より:

      通り雨さん、こんにちは。
      ここに印したんですね^^
      いいと思います!(笑)

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