自分を観るという事

自分らしく生きる

 

 

 

 

 

 

本日も読みに来てくださり、ありがとうございます。

前回は、『体感力を上げて行こう!』という
お話でした。
今回は、『自分を観るという事』というお話です。

子供の頃は、ほとんどのヒトは、
『自分探し』というコトをしてはいなかったと
思います。。。

【自分】という存在に、
別に疑問も無ければ、
確認する必要もありませんでした。

むしろ、
「私はここに居る!」という事を
主張していたのではないでしょうか。。。

中には、環境や状況によって、
虐げられたり、抑え込まれたりという中で
育ってきた方も居られると思います。

それでも、今ここに存在しているのは、
そんな幼少期をくぐり抜けて来たからです。

思い出せば、苦痛や恐怖しかないかも
しれません。。。

辛かった、さみしかった、かなしかった、、、

溢れ出てくるのは、
そんなマイナスな思いや想いかも
しれません。。。

それでも、それらに耐え忍び、
どうであれ切り替えながら、
演じながらも生きて来ました。

それはきっと、
自然に自分自身を感じ観て、
自らを【防衛】する手段として、
自分自身によって、
起こされてきたのだと思います。

オトナになり、
思い出される事は、
「目に見えていた光景」や
「見える化されている出来事」や
実際に受けた傷や痛み、、、
誰かが何かをされているシーン、、、

などなど、
どれもが【見える】状態です。

『自分を観るという事』

それは、【見える化】ではなく、
自分自身の中から
溢れ出てくる様々なモノコトや
対するヒトに向けられているモノなど、
【物質化】されているものではない、
思いや想いを感じ観る事です。

溢れ出てくるモノコトは、
【ひとつ】ではありません。

もちろん、【ポジティブ】だけでも
ありません。

相反する思いや想い、、、

執着や嫉妬、、、

暴力的なコト、、、

残虐性、、、

などなど、【ネガティブ】も
たくさん在ります。

それらを感じ観て、
自分自身で自分に対して、
【見える化】にしてあげる事で、
『消化(昇華)』が始まります。

『自分を観るという事』

意識して観て感じてくださいね。

よろしくお願いします!

 

 

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3 Responses to “自分を観るという事”

  1. 通り雨 より:

    いまなら 言えますが
    子供の頃のわたしに言ってあげたいですね

    「あなたは悪くない」
    「親はあなたを嫌っているわけでも憎んでいるわけでもない」

    と言ってあげたいです。

    • うえる より:

      そうですね^^
      では、言いに行って来てください^^
      イメージでなら、どこにでも行けますので!

  2. 通り雨 より:

    ですねっ

    思い込みは
    本当に現実になるかもしれないから。

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