自分を裁くのは何のため?

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本日も読みに来てくださり、ありがとうございます。(^▽^)/

前回は、『自身の身体に聴く』というお話でした。
今回は、『自分を裁くのは何のため?』というお話です。

ヒトは、何かをミスった時や、失敗や迷惑、
他者を巻き込んだ時などに、
そんな事をしてしまった自分を罰します。

確かに、事実としてならば、
罰するまでいかなくてはいいですが、
反省して同じ過ちを犯さない様に
気をつける必要はあります。

内容によっては、何かしらの代償や返還等も
必要だとは思います。

が、しかし、、、

自らが自身で勝手に思い込み、
周りや他者の思いや想いまでも、
自分の思い込みや決めつけで、
判断するヒトも居ます。。。

周りや他者、環境や状況、状態の『せい』に
する場合のヒトと、
全てが自身の『せい』にする場合があります。

どちらにしても、
『事実』ではなく、『主観』が全てに
なっています。

自分が思い込んでいる、
自分が決め込んでいる、
自分が感じている考えている、
それらだけが重要で、
周りの思いや想い、
意識や思考、感覚は無視します。

言葉にしろ、態度や行動にしても、
自身が取り込みたい部分だけをチョイスして、
勝手な『解釈』と『省略』と『歪曲』を
して自分に取り込みます。

どうであれ、
自分が決め込んでいる自分の『立ち位置』を
変えようとはしません。

そうまでして

『自分を裁くのは何のため?』

なのでしょうか。

そこには、生きてきた中で、
自身に刻み染み込ませてきた『生き方』が
大きく関わっているのだと思います。

どうであれ、決め込んできた
『立ち位置』や『役目』、、、

そこ居る事で守られてきた自分の居場所。。。

その手段が、本来は自身を苦しめたり、
我慢させる様な場所であっても、
何よりも『安全』で『安心』出来る場所だったの
だと思います。

『被害者』や『弱者』の場所は、
とても辛くて苦しくてさみしくかなしい場所です。

ただし、そこに居る事で、
守ってもらえるし、構ってもらえるし、
気にかけてもらえる場所で在ったりもします。。。

そこに居れば、
必要以上に要求されるコトも無ければ、
無理強いされる事もありません。。。

『自分を裁くのは何のため?』

意識して観てくださいね。

あなたは、なぜ反省して自身を責めていますか?

よろしくお願いします!(^▽^)/

 

 

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