惑うというコト

一方通行

 

 

 

 

 

本日も読みに来てくださり、ありがとうございます。

前回は、『アクションを起こす』というお話でした。
今回は、『惑うというコト』というお話です。

ヒトは時々、『戸惑い』を感じたり、『惑わされ』たり、
『惑わし』たり、『惑う』事があります。

『惑う』というのは、
行き先が見定められず、または、
どうしていいか分からずに、心が混乱する。

判断に苦しむ。迷う。心が奪われる。うろたえる。あわてる。

という意味があります。

どこに向かえばいいのか。。。

何をすればいいのか。。。

どうすればいいのか。。。

先行きが不安。。。

自分が分からない。。。

などなど、ヒトがハマり易い『ネガティブ』状態を
指している言葉です。

ヒトは、少なからずこんな『想い』や『思い』を
持っています。

通常であれば、自分自身でどうにでも「処理」する事が
出来ます。

きちんと『処理』する場合もあるし、
誤魔化して抑え込んだり、完全に無視したり。。。

どうであれ、対応し処理しています。

ちゃんと『処理』をしたモノ以外は、
完全に『未消化』なまま放置されているという事です。

『未消化』なまま放置され、
溜めに溜めた『思い』や『想い』は共に絡み合い、
より増幅されたり、腐敗したりします。。。

ドロドロのヘドロの様にこびり付き、
油の様に纏わりつきます。。。

それでも放置を続けると、凝り固まって固着して
剥がす時に痛みや苦しみ、辛さや悲しみを
ともない新たな傷を負う事になります。。。

そうなりたくないので、自身の中を観ない様にしたり、
感じない様にしたり、考えない様にしてしまいます。

自分の代わりに『対応』や『処理』をしてくれるヒトを
探して見つけて『依存』しようとしてしまいます。

『惑うというコト』

それは、多かれ少なかれ、
誰もが持っている事象です。

ただし、中には自身で自身の事を観る事や感じるコト、
考えてあげるコトや聴いてあげるコトなどを、
放棄し、他者に任せてしまったり、合わせる事で、
『なんとなく』現状を維持している場合もあります。

その場合は、『自分在りき』ではなく
『他者在りき』になっています。

自身では決められないので、『惑う』のです。

『惑うというコト』

それは、自らが自らの意思で判断や選択、決定を
起こせなくなっているからです。

意識して観てくださいね。

よろしくお願いします!^^

 

 

 スポンサードリンク

関連記事

 

コメントを残す

サブコンテンツ

▲ このページの先頭へ