偏りが在ってもよい

images (3)

 

 

 

 

 

本日も読みに来てくださり、ありがとうございます。

前回は、『自分の中の増幅装置』というお話でした。
今回は、『偏りが在ってもよい』というお話です。

やじろべえや天秤は、左右の重さが違えば、
重い方に傾きます。

とうぜん、傾いたままでは、
バランスを取るのも難しくなります。

綱渡りのヒトの持っている
バランスを取る為の棒が、
そんな状態だったとしたら、、、

前に進む事が難しくなるし、
とても恐怖になります。。。

両方が偏りなく、
均等になっている事で、
自分自身のバランスも取り易くなり、
綱の上でも前へと進めます。

では、、、

この棒が左右で重さや太さが
違っている棒しか無かったなら、
もう綱渡りは出来ないのでしょうか、、、

そんな事はありません。

プロの綱渡りで在れば、
その棒のバランスが取れる場所をみつけて、
重心を取り、綱を渡ります。

はたからその状態を見たならば、
左右で棒の長さは違っています。

それは、左右で重さや太さが違っているので、
偏りが在る事を前提にして、
中心を導き出しているからです。

『偏りが在ってもよい』

無理に均等にしようとする位なら、
その偏りがどれだけ在るのかを
把握する事に時間とエネルギーを使った方が、
バランスを見出す事が出来ます。

自分自身の中の【偏り】を、
自らが否定するのではなく、
認め感じ観る事で、
自分が一番バランスのよい【中心軸】を
探り見つける事が出来ます。

『偏りが在ってもよい』

ただし、、、

自身の【偏り】にこだわり過ぎたり、
固執していては、
バランスは一向に取れません。

偏っている側では無い部分にも
意識を向け感じ観る事で、
中心を探れます。

自分自身の【偏り】を意識して観ましょう!

よろしくお願いします!

 

 

 スポンサードリンク

関連記事

 

2 Responses to “偏りが在ってもよい”

  1. 通り雨 より:

    絶対的、完璧なんて ないと思えるようになってるいま、
    「偏り」ありまくりの自分。
    「偏り」ありまくりの 関わりあるヒトビト。

    なんらかの「偏り」があって当たり前と思えるようになりました。

    記事のとおり、
    自分の「偏り」の具合を知り
    その「偏り」と うまく付き合っていくことが 大切だと思います。

    やっぱ
    外れて観る…って 自愛なのだ。

    • うえる より:

      通り雨さん、こんにちは。
      そうですね^^
      完璧や絶対的は、
      なかなか在りませんね。
      偏りが在るから個性がつくられるのかも
      しれません。
      外れて観る^^
      大切ですね。

コメントを残す

サブコンテンツ

▲ このページの先頭へ