すでに与えられている事に気づく

芽出し

 

 

 

 

 

 

 

本日も読みに来てくださり、ありがとうございます。

前回は、『自らの意思を表示する』というお話でした。
今回は、『すでに与えられている事に気づく』というお話です。

ヒトは、日々の生活の中に居ると、色々な『足りない』に
意識が行きます。

経済的なコト。。。

精神的なコト。。。

具体的なコト。。。

抽象的なコト。。。

などなど、様々な環境や状況の中から、『足りない』を
みつけます。

『足りない』をみつけては、周りと比較したり、
周りを意識したりして、さらに『足りない』を意識します。

そうなると、ひとつだけの『足りない』だったのが、
全てにおいて『足りない』な状態の様に感じ始めます。

そうなってしまっては、自分から出てくる『発想』も
『感情』も『思考』も、全部が『不平・不満』に感する事に
なってしまいます。

周りの全てが羨ましくなったり、疎ましくなったり。。。

自分が一番の『不幸モノ』の様に感じて
『孤独』に囚われます。

そんな状態では、あらゆるモノコトを『悲観的』や
『悲壮感』でしか見れなくなります。

『負のスパイラル』から抜け出せなくなってしまいます。

それらから抜け出したいと本気で思うのであれば、

自身がイメージしている現状の自分でも、

『すでに与えられている事に気づく』

事が必要です。

自然と共に生きている動植物達は気付いています。

だからこそ、どんな環境で在ろうが、
状況・状態になっても、その中で生きています。

全ての生命体には『生と死』を与えられています。

全ての無機質には『存在』が与えられています。

全てのモノコトには『価値』が与えられています。

あらゆるモノコトには『個々』が与えられています。

私は『私』を、あなたは『アナタ』を与えられています。

『存在』という事が、どうでもいいコトなのであれば、
『私』である必要も『アナタ』である必要もありません。

『すでに与えられている事に気づく』

意識して自分を周りを観てくださいね!

よろしくお願いします。

有難うございますm(__)m

 

 

 スポンサードリンク

関連記事

 

コメントを残す

サブコンテンツ

最近のコメント

▲ このページの先頭へ