瞑想と陶酔の違い

苔

 

 

 

 

 

 

 

 

 
本日も読みに来てくださり、ありがとうございます。

前回は、『あらゆる事に許可を出す』という
お話でした。
今回は、『瞑想と陶酔の違い』というお話です。

ヨガやお寺などでも行われている『瞑想』ですが、
参加された事のあるヒトも、そうでないヒトも、
『瞑想状態』をイメージしてみましょう。

色々な意味合いで捉えられていたりしますが、
大きく言えば、もの静かに心を落ち着かせ、
自らを感じ観るまたは空間を感じ観る状態です。

この状態に入ると、『我』から解放されたり、
心が集中する事で、あらゆるモノコトが
『シンプル』になって削ぎ落とされる感を持てたり
します。

自身の放つ息遣いや周りを流れる空気を
感じたり触れたりする事で、自然と一体感を
得られたりします。

日常の喧騒から離れて、常に動いている『脳』を
休ませて思考をストップする事で、
本来の自分である心先行になる事で、
リラックス効果を得られます。

あらゆる『雑念』が無くなり、あらゆる『概念』も
『常識』も『知識』も手放す事で感じ観る事が
出来ます。

全てを『空(から)』にする事が目的です。

一方『陶酔』は、自身の行為に『酔いしれている』
状態です。

その行為をしている自分自身に対して、
酔っているだけです。

瞑想のカタチを取る事で、「自分を見つめ直した」、
「自分と向き合った」「自分では無い何かを感じた」
など、自身の解釈と歪曲によって行為に溺れている
状態です。

『瞑想と陶酔の違い』

『瞑想』は、全てを『空(から)』にする為の行為で、
『陶酔』は、自身の中身を満たす為にしている行為
です。

『瞑想』をすると、色々なモノコトに対して、
ほとんど『執着』が無くなります。

『陶酔』をすると、様々なモノコトに対して、
もっともっとと、『執着』が生まれます。

『瞑想』を知ると、『足る』を知ります。

『陶酔』を知ると、『満たす』に走ります。

あなたは、どっちをしていますか?

よろしくお願いします!

有難うございますm(__)m

 

 

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